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 四万十川 西土佐
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 フィットネスTOP 理想的な身体、肉体改造TOP |
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| あ『18歳のときの体重は55kg』 |
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何のために鍛えるのか、ダイエットをするのか。
その一つの結論が『動ける身体』。
すぐ息切れする。
身体が硬く筋を痛めやすい。
すぐに筋肉痛になる。
問題を解決して『動ける身体』を手に入れる。
気持ち良く動けるのは楽しい。 |
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身長170cm、体重68kg、体脂肪率20.6%。 2006年2月1日の自分の数値である。
これは明らかにウエイトオーバーだ。
そして、
2006年9月19日
身長170cm、体重60.0kg、体脂肪率14.9%。
体重は落ちたが、脂肪は変わらず、筋肉などが減少。軽くなったがバランスが悪化した。
そして、28年前。
1978年7月、18歳の夏休み、体重は58kg。特に運動はしていなかったが、その当時から身体を動かすことは嫌いではなかったのだろう、初めてのアルバイトはアパレル系の倉庫だった。
毎日、アルバイトから帰ってくると、全身筋肉痛で、体が動かないくらいだった。ものすごい汗をかいての仕事だったので、すぐに風呂に入り、体重測定。当然理想体重などという概念はなかったが、58kgくらいだった体重が、55kgくらいに絞られていったのを今でもはっきりと覚えている。
昼食は、蕎麦屋で、そばとどんぶりを食べていたくらいだから、カロリーを控えるという考えも全くなかった。それだけハードだったのだろう。
それまでは、身長が伸びていたので、体重が増えるのは当たり前で、ウエイトコントロールなど考えたことがなかったが、そのときの体格からするとウエイトオーバーだったのだろう。2ヶ月間で、絞り込んだ体型になった。
しばらくの間、55〜56kgだったが、22歳の頃、週3回のプール通いを始めて、全身に筋肉がつき58kgくらいになった。
そして、ウインドサーフィンを始めて60kg、スポーツクラブでトレーニングをして62kg。25才で62kgが理想体重だと思い、その後、20年以上、ずっとこの体重を理想体重と考えてきた。
30代前半の頃は、毎週海に通いボディボードやウインドサーフィン。そして、マウンテンバイクと、体力が一番充実していた時期で、筋肉も一番ついていた。その当時は、冬は65kgくらいに増えるが、夏には62kgに戻すというサイクルになっていた。
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30才を過ぎたあたりから、コレステロール値が気になりだしたが、62kgくらいに体重を落とすと、コレステロール値も改善されていた。油断するとイエローゾーンになっていたのだが。
そして、30代後半から、海に行く回数は減り、マウンテンバイクも、あまり乗らなくなる。体重は、いつでも落とせると思っていたが、62kgという数値は、あまり見ることがなくなる。気合を入れてサーフィンに取り組んだシーズンだけ、62kgまで減量できていた。
40代に入ると、気合を入れてサーフィンに取り組むシーズンもなくなり、落ちても64kg。それでも、気持だけは、いつでも62kgに落とせると思っていた。
そして、40代半ば、いつしか65kgが当たり前の体重に。健康診断では、高脂血症と高血圧で薬を飲むことをすすめられる。しかし断って、減量と体質改善を約束する。
それから一年、病院には近寄らず、トレーニングに励もうと思ったが手がつかない。体重が増えて、高脂血症、高血圧になっただけではない。筋肉量は、それほど落ちた感じはしなかったが、質的な衰えがひどかった。
■使った記憶がないのに歩けないほどの筋肉痛になる。
■頻繁に足がつるようになった。20代ではほとんどつることなどなかった。
■つりはしなかったが、腕に、つりそうな違和感を感じていた。
■朝起きれば、毎朝ふくらはぎに、つりそうな違和感。
■また、無理のない普通の動きのつもりだが筋肉を痛めてしまう。
■全身全ての筋肉が硬くなっていた。
■腹筋は、体力測定では得意種目だったが、一回も身体が持ち上がらない。
■良く寝違えて、1週間は首が回らない。
■立って靴下が履けない。
ついに、スポーツクラブへ。
もう、体重は落ちないか。
筋力は回復しないのではないか。と心配していたが。
そして、半年あまりで、脂肪を6kg落とすことに成功、筋肉もしまり、筋肉を傷めることもなくなった。
血圧は下がり、筋肉の衰えを示す症状は全てなくなった。この年齢になって、初めて、体重の内容を見極めたウエイトコントロールの大切さを感じている。
出来るかどうか、それが理想かどうかはわからないが、無理しない範囲で、58kgという体重を目指してみようと思えるほどの成果が出た。理想体重が58kgより軽いということは、まずないだろうから、58kgを目指す過程で、理想の体重が見えてくると考えてのチャレンジだ。
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